shishigashira2017のブログ

パリに暮らして40年以上が経ちました。情報誌パリ特派員、日本映画祭のプログラムディレクタ-などをしてきました。恐らくパリに骨を埋めるでしょう。日本映画紹介の仕事は続けています。年齢は還暦過ぎてから忘れています。そんな日本人男が触れる日常や特にカルチャ-シ-ン、またパリから見た日本の事などを書いていきたいと思っています。ヨロシク。

7月と8月の日付ページのない手帳

  装丁がしゃれていたのでペラペラめくっただけで買った手帳に7月8月の予定を書こうとしたら、この二ぺ―ジがすっぽり抜けている事に気づき吃驚仰天した。
 
 フランス人の夏バカンス観もここまでくると徹底しているというか。
3週間の休みは常識だから.これでいいのかもしれない。勿論一年を通した手帳もある。
 
 毎夏恒例の民族大移動が本格化して町は静かに眠り始めている。
 プ-ルにいったら猛暑なのに人がまばらにしかいなかった。バカンスに出かけてしまった人が多いのだ。子供もほとんどいなかった。


 大女性政治家シモ-ㇴ ヴィエ-ュが死んだので追悼を書くつもりでいた。
 ところがフランスは突然何が起こるか分からないドラマの都会だ。
 突然、銀行取引停止通知の手紙が届きドキモを抜かれた。
 通常フランスでは小切手が不渡りだったら、まず銀行が予め警告し、それが不渡りになっても決済するまでには30日間の猶予が与えられている。なのにである警告予告と停止処分の手紙を出した日付が同日となっていた。しかも小切手の額は子供の小遣い程度の少額である。担当者が夏ボケだったらしい。
 頭にきて係の部署に電話したが、担当の女がこっちの話は全く聞かず一方的にまくしたてるばかり。結局電話で大喧嘩になり相手は何もしゃべらなくなった。
 一般に銀行を怒らせると怖いという先入観があると思う。
 僕の場合は500ユ-ロまでの赤字を許されていた。
 だが、これがいけなかった。長い内に実は借金という気持ちが薄れていて気の緩みで今度の失敗に繋がった。
 地位の上のコンサルタントに相談したが銀行取引停止処分になったから赤字許可も自動的に停止になるという。困った。


 銀行の規約を精読すると、間違っていたのは即座に停止処分にしたアホ担当者だと分かったものの中央銀行まで情報が行ってしまっているで手の打ちようがないとの事。
 いや落ち込みましたね。気持を立て直して新たな対応を考えねば。


 パリに暮らす日本人の情報記事には、料理、ファッション、パ-ティ-など何時もバカンスみたいなのが多いけど、この大不況で日本とのコ-ディネ‐タなどの仕事もなくなっているパリで重役級の駐在人ならいざ知らず、そんな楽しいだけの生活がどうしてできるのか、いつも不思議で仕方がない。
 フランスで20年以上暮らし、その後映画会社を設立して、100歳で他界した好色人を知っているが、その男が実家からの仕送りが途絶え赤ん坊のミルク代が買えず公園で呆然としていた時があると語ってくれた事がある。そんなものだろうと思うのだが。 
 
 パリでは余程の官僚でもない限りラフな平服で働きに行く人が殆どなので、確かに表面的には仕事してるようには見えない。
 どうするか、対策は考えてみるしかない。すぐカネになる仕事と言えばラ-メン屋くらい。しかもすごい低賃金長時間労働、しかも労働許可書がなければ足元を見られて西村健太ではないが「拷問列車」らしいい。
 
 しかし、こんな事件など、先日6月30日に他界したシモ-ㇴ ヴィエ-ュのすごい人生に比べれば、不安になるのが馬鹿らしい。
 
 彼女は1927年南仏二-ス生れ、フランスには子供時代の名前というのがあって、それがユダヤ人そのものの名前でジャコブ。父親は優秀な建築家で男女4人兄弟。


 1944年4月ゲシュタボに逮捕され母親と妹と3人は家畜輸送用の貨物列車に乗せられてポ-ランドにあるユダヤ人強制収容所アウンシュビッツに送られた。16歳から18歳の時期である。母親と妹はそこで死亡、父親も他の兄弟も別に逮捕され強制収容所で死亡。生き残ったのはシモ-ㇴだけである。
 戦後解放後はエリ-ト高等学院サイエンスポを卒業して政治家の道を選ぶ。
 当時は稀な女性政治家だったが男性議員と戦い、女性の流産を認めさせる法律を制定、また二度と戦争が起こらないようにとEUの創出にも大きな役割を果たし、女性で初めてのEU議会の議長に選出されている。フランスで最も敬愛されている政治家の一人だった。
 フランスにはこういう政治家が活動しているから凄味がある。
 日本のチンピラ極右みたく戦争体験もないのに旧大帝国日本を空想してる無責任な人間の屑とは体験のすさまじさ知性教養が違い過ぎる。

 
 マクロン大統領はビクトル ュ‐ゴなどが安置されている偉人の殿堂パンテオンに埋葬すると発表。女性としてはキュ‐リ夫人などに次いで3人目だ。この決定を国民は大歓迎している。


 某日。友人の友人の絵画展のオ-プニングパ-ティ-で日本人初老の女性と話す機会があった。
 なんと彼女は日本語を忘れてしまって真面な日本語会話ができないという。
 確かに日本語が出てこない。母国語は絶対に忘れないと信じた来たので、この経験には驚いた。そいう事があり得るのだとは思っても見なかった。


 最近のルモモンド紙で作家のル クレジオがイギリスとアメリカの軍事基地の為に祖先の土地を追放されデラジネとなり貧困と絶望の生活を送っている西インド諸島の原住民の現状を報告している。
 白人大国の人種差別と過酷な暴力を告発。新植民地主義と厳しく批判している。筋金入りの作家である。


 マクロン大統領はトランプ大統領をフランス革命記念日に軍事パレ-ドに招待、その前夜はエッフェル塔二階にある最高級フランスレストランで夫人同伴の4人だけで会食、その前にはアンゲル マルケスとも会談、なかなか見事な外交手腕を見せた。
 軍事パレ-ドにはアメリカ海兵隊も参加、トランプは終始ご満悦の様子でマクロンとの友情を盛んに演出していた。
 当確早々、純金のゴルフアイアンを献納した安部とは大変な違いだ。粋さが段違い。
 小さな独裁者安部の支持率はもっと下がって欲しいと思う。


 手帳には7月8月のペ―ジがないけど、それでも日程を組んで金策しなくては。そうしなければ生きていけないぜ。