shishigashira2017のブログ

パリに暮らして40年以上が経ちました。情報誌パリ特派員、日本映画祭のプログラムディレクタ-などをしてきました。恐らくパリに骨を埋めるでしょう。日本映画紹介の仕事は続けています。年齢は還暦過ぎてから忘れています。そんな日本人男が触れる日常や特にカルチャ-シ-ン、またパリから見た日本の事などを書いていきたいと思っています。ヨロシク。

カネの苦労と島田陽子AV動画

カネのかかる事ばかりが続く。
カネの問題は命の糧と直結しているから実にストレスが溜まる。


先日は素晴らしい秋の快晴で、気分がよかったので昼食は公園で陽を浴びながらハムとチ-ズの典型的なフランスのサンドイッチを食べる事にした。幸せな気分だった。


サンドイッチのフランスパンはよく歯が折れそうに固いな、と思っていたが、なんと強引に噛んだら本当に前歯二本が折れてしまったのである。
前の歯並びにぽっかりと穴が出来、なんともみっともない。幸せから一気にみじめさへと降下した。


フランスの女性ニュ-スキャスタ-はみんな見事な真っ白で整然とした歯並びをしていると感心していたが、前歯がなくなればどんな美女でも画面から消えるしかないな と思った。


前大統領のオランドは当時の愛人に貧乏人の事を「歯なし」といっていたとかで批判された。それは奥歯でなく目立つ前歯欠落を指す。貧乏人はその空隙を埋める事が出来ないからである。
だから前歯欠落は貧困層のシンボルである。


自殺同然の絶食で死んだモスラム教徒の知人は前歯が欠けたまま暮らしていた。
たかが歯と思うなかれ。地獄は他者の視線である。女に相手にされなくなるだけでなく「歯を治すカネもないのか」と思われたら終わりである。


フランスで歯医者は国民保険がきかないので、べらぼうに高額なのは聞いていた。パニクッタ。


早速、市福祉課の相談すると、「そうね、3千ユ-ロ位はかかるんじゃないかしら」という。
そんなカネない。どうしろというのか。


フランス人とって前歯が欠けているというのは深刻らしく苦しさをよく理解してくれて、親切に解決策について答えてくれた。
該当する保険取得をするのが一番いいが、その手続きには2カ月程度かかるという。
あるいは歯医者学校の実習モルモットとなる事。さらにはサペットリエというテロの犠牲者治療や大きな精神病棟がある大病院にいけば事情によっては無料に近い費用でやってくれるという情報もくれた。
ともかく何とかするしかない。


これで気が落ち込んでいると、下の階に住んでるtvスタジオで働いているという結構可愛いと思っていた金髪の娘がドアを叩き、「あなたにはアパ-ト管理費の借金があると思うけど、管理資金が底をついていて困った事態になっているから、その借金を払うようにして欲しいと催促され、暫し議論。


しかし彼女は一体だれを代表してきたのか。
自分の部屋は25平方しかないけれどきちんと管理費を払っているのに不公平だと主張する。「あなたの部屋は40平方で一番広いでしょ」と。
当時はカネがあったのでキャッシュで買ったといったら驚いて、余計に催促が強まった。


続いて持ちアパ-トなので不動産税の催促が来た。


パスポ-トの更新に90ユ-ロかかる。一万円超だ。
フランスはこんなにしない筈だ。


カネ苦労の連続だ。いやになる。


でもフリ-で来て日本人がまともに食えたのはバブル時代だけだったのではないのか。
そうも思った。昔にに戻っただけかもしれない。


幸いフランスには下流という呼び方はなく要するに貧乏人がいるだけで。
だから変に下流意識を抱かないで済むが、華やかなパリの豊かな階層の生活は優雅極まりないから、人生はカネじゃないとか、カネで幸せは買えないといわれても。やはり良寛さんのように一枚の服を洗い直して暮らす貧しく高潔な生活はで満たされない。


AV動画にあの島田陽子がデビュ-していたことを知り、検索して見た。
島田陽子の名前で刺激され興奮もするが、それにもまして痛々しい。やせ細った初老美人の体。これもカネの力か。
物欲の為に心を失えば、待っているのは地獄。でもカネがなければないも出来ないから欲しい。


フランスにAV動画はないがポルノはネット上にたくさんある。
YOUPORNOなど一日に400万以上のアクセスがあるらしい。


カネのない男には全く興味がないという若いパリジャンㇴも増えているという。
ということは、逆にいえばカネがあればという事になる。
セックスとカネ。これがフランス現代のキ-ワ-ドらしい。


この話をフランス人精神科医にしたら、現代はイメ-ジの時代、イメ-ジだけを大切に生きている人間は困ったときには裏切るから付き合う必要なし。
真実を伝えようとする映画とか写真のイメ-ジは人を感動させる。真実は古びない。


カネを基盤にした男女関係は必ず破綻する。
人生は立っている場所によって教会が見えたり見えなかったりする。などと言われた。
同医師は疲れたので引退するともいい、出会いという言葉も口にした。
それを聞いて思わず涙した。完


脈拍一秒に120回

自宅から徒歩5分のバンブ市立映画館はフリ-パスなので何時でも映画が見れる。
上映作品のレベルも高い。多い時は上映回時間の組み合わせで週に5本はみるから月にすれば20本くらいか。


今パリの商業映画館でチケットは11ユ-ロ前後だから200ユ-ロ程度は得してる。
理由はここで日本映画のシネクラブをやっているから。


市営とか聞くと貧しいと誤解する人も多いが、そんなことはない。
キャパは160席でスクリ-ンが大型で質が高い。
シャンゼリゼ辺りにある大映画会社の系列館と遜色ない。


この10日程で5作品みた。


リュック ベッソン新作「valerian et la cite des villes planétes」は駄作だった。
400年後とかいう宇宙を舞台にしたラブスト-リだったが、特撮に大金をつぎ込んでいるから見た目は派手ですごいけど話は陳腐だし画面はビデオゲ-ム。
主人公もよくある若い美男美女で魅力ゼロ。キャラメルのおまけみたいな俳優だ。
ベッソンってよくある名前を売るのがうまいだけのたいしたことのない映画監督と思いましたね。俺はカネを儲ける為に映画を作ってるんだって完全に開き直っている。


日本でもヒットしているらしいが、米映画クリストファ ノラン監督の「ダンケルク」はヨカッタア-。こんな風に戦争を描いた映画を見た事はなかった。
ドキュメンタリ-タッチというのでも劇的な戦争映画でもなくて、なんか目の前で起こってる戦争という事実を突き放して撮影しているという印象。
だから余計に目の前で起こってる事に息を呑む。すごい才能。


ただあえて不満を言えばラストの場面。
英雄的な活躍をした戦闘機が敵機の銃撃でエンジンがダメになりグライダ-のような浮遊力だけで飛行し続ける。
眼下には人々が生活を営む街並みが長く長く続く。
夕刻の北フランスの浜辺の不時着に成功する。
なんかこのあたりでセンチメンタルな面が出てくるので、ラストの印象が薄い。
後ですぐ思い出せなかった程。
でも全体としては大感動。傑作。


エミール・クストリッツアの新作「ミルクロ-ド」は見ながら東欧人ってどういう頭の構造をしてるのだろかと思った。日本人の思考形態からすれば、突拍子もない脈略で、その型破りが面白いと言えば言えなくもないのだろうが。
愛人役の女優はイタリア最高峰の美女優、モニカ ベルッチ。
彼女を恋人にした映画を撮りたくて作った作品じゃないのかと、そう疑った。面白くなかった。
デビュ-作「ジタンの時」から40年近く。やっぱり風俗的な監督だったから色褪せるのかな。


そして大発見、大収穫のフランス映画に出会えた。感激、大感動。
題「120battement par minute(どう訳したらいいのだろうか。直訳すれば一秒に120の脈拍とでもなる)」
素晴らしい。
監督はrobin campillo:2017年度カンヌ国際映画祭大賞受賞作。
これは2作目で、前作の「イースタンボ-イ」は話題になったが見逃してる。


エイズ感染予防の為に男女の感染者が中心になって結成した協会が活動していく話。
パリを拠点とするact-up-parisの実話を下敷きにしている。
フランスの協会の活動の仕方がよく描かれている。
特に二人の男性活動家が愛し合うようにり、それを中心にして映画は展開していく。
知名度は低いが魅力満点の実力俳優である。笑顔がすごくよかった。
それと、彼らが過ごす初夜の描き方は臨場感ある男の肉体と肉体が絡み合い。思わず息を呑む。こういう濡れ場は多分フランス人監督にしか描けない。


一人がエイズに感染し衰弱して死んでいく事になるが、病院のベッドで絶望して横たわる愛人に優しくキスをして片手が男根に下りていき、マスタ-ベ-ションで射精させてやり精液が下腹部に残っていて、顔がアップになると満ち足りた微笑みと一筋の流れる涙。
慟哭につき動かされる美しい場面だった。


また死で終わりにせず、ベットの死体の周りに友人たちが次々と集まってくる場面もすごくよくて泣いた。
遺言でフランスでは珍しい火葬にして、メンバ-はエイズで一儲けをしている薬局会社の新薬発表パ-ティで遺灰をまき散らす。
ディスコテックで激しく踊る彼らがストボロライトに浮かんでは消える。


どうして日本では深い社会性もあり見応えもある骨太の映画作品が出てこないのだろうか、と思う。
個人の身辺雑記的な小粒の映画作品ばかりが目立つ。でなければ暴力映画。
このままでは日本映画はヤバイじゃないか。相手にされなくなるかも。


フランスには権威者の先入観などに惑わされず社会を正面から自分の同時代視線で見据える力のある新進監督が出てきているのだと思った。


30年前に死んだホモの友人を思い出す。


彼は東京で6年くらい暮らしていたがエイズにかかり祖国で死にたいと帰って来た。
歩くのさえやっとというやせ細り方だった。
入院してからは自分の醜い思い出は残したくないと誰とも会わなくなった。


親日家で愛人の男は病室が4だったので ここが最後の部屋だと思ったという。
毎日大量の薬を飲んでいて、こんなに薬を飲むんなら死にたいといっていたらしい。


セックスの大好きな男でプ-ルでもカフェでも絶えずやる相手を見つけていた。


密会の為、アパ-トを貸してやったら、ベッドが滅茶苦茶に壊れていた事もある。
「一体何をしたんだ」と聞くと「すごかった」とだけ答えてほほ笑んだっけ。


彼の遺言も火葬で遺灰は故郷の町ポでスぺン国境の森に友人たちが集まって蒔いた。


その友人たちも今は何をしているのか不明。


人生は一幕の悲喜劇に過ぎない、と思う。




不倫騒動と精神病院閉鎖病棟。

ネットで見ると今日本では不倫醜聞が続発しているようなので、日仏の不倫に関して今日書くつもりでいた。
しかしパリで異文化摩擦からくる精神病の治療と研究を続ける大尊敬の精神科医O先生から恐ろしい話を先刻聞いたので、まずはそれについて書きたい。



パリに来たばかりでフランス語も殆ど出来ない日本の男性26歳が、突然大家からクレ-ㇺをつけられた。
アパ-ト入り口の広い踊り場に装飾として並べて置かれてある植物の植木鉢がよく転倒させられているので、犯人は何故かその青年だろうと疑われたらしい。
青年にしてみれば完全な濡れ衣で反論し口論となった。
ところが彼はフランス語ができないから話が通じない。
大家には管理上の間違いがあったらしいがフランス人が絶対自分の間違いは認める筈がない。
そうやって口論で揉めている内、青年もエキサイトする。しかし何を怒鳴ってるのかは分からない。業を煮やしたのか怖くなったのか、大家は警官を呼んだ。
警官にも日本青年のフランス語は通じず全く言い分が分からない。興奮している事だけが分かるだけだ。
それで警官は警察署まで連行してしまった。
そして、その次が恐ろしいのだが、警官が狂人と決めつけ精神病院に送り込んでしまったのである。
病院でもフランス語らしい言葉で何か喚いているが、誰も理解できない。
遂に精神病院の閉鎖病棟に閉じ込められてしまった。
幸い週の内、携帯で外部と連絡を出来る時があり、O先生が助けを求められて診察に赴き、正常人で狂人ではない事が証明され退院できたという。
それでも5日間も強制入院されていたそうだ。



仮にO先生がパリにいなかったら、言葉で何も説明できず、長い間、閉鎖病棟で喚く事しかできなかったら。そういう狂人ばかりがいるのが閉鎖病棟である。
人の運は紙一重というが青年は狂人としてパリの精神病院閉鎖病棟で生涯を終わっていたかもしれない。



僕もこの夏、銀行と取っ組み合いの喧嘩をした。窓口によって皆いう事が違う。
自己判断でいい加減な事をいうから。こっちは振り回される。
そもそも客とは対等な関係という意識がある。だから余計が立つ。あんたは主人ではなく俺は客だと怒鳴り返してやった。
西部劇のように腰の拳銃で撃ち殺したやったらさぞかし気持ちがすっきりするだろうと、何度思った事か。
フランス人を従わせるには法的強制力か権力の発動しかない。



現在のフランスはフランス革命とナポレオンによって作られている。
有無を言わせずギロチンで容疑者ならバンバンと処刑した国である。
だいたい、あのギロチンという処刑台の発明が即物的である。死に対する憐れみなど皆無だ。肉屋の発想である。
ホントはフランスは優雅さに覆われた恐ろしい社会なのである。



日仏の不倫に一言言っておけば、その大きな違いは社会的があるかないかである。
フランスの大衆娯楽劇は殆どがダブル不倫で起こるドタバタ艶笑劇だが、不倫はあくまで個人の領域に属する事で、それで辞任させられたり切腹させられたりするような社会的制裁は受けない。イスラムやインドには残酷な不倫制裁があるが。



この間、映画ではシネテックでミロ フォアマン大回顧展があり、旧作「ゴヤの亡霊」を見たがすごい傑作だった。それと美術展ではオルセイ美術館でのセザンヌの肖像画を一堂に集め展示した「セザンヌ肖像画」展に感動を味わった。