shishigashira2017のブログ

パリに暮らして40年以上が経ちました。情報誌パリ特派員、日本映画祭のプログラムディレクタ-などをしてきました。恐らくパリに骨を埋めるでしょう。日本映画紹介の仕事は続けています。年齢は還暦過ぎてから忘れています。そんな日本人男が触れる日常や特にカルチャ-シ-ン、またパリから見た日本の事などを書いていきたいと思っています。ヨロシク。

歴史の転換期と芸大美人女子学生ジュリエットとの出会い。

 小池百合子の希望の党が敗北したニュ-スを聞いて、やっぱなんとなくアラブっぽいな、という感想をもった。先入観にとらわれすぎかもしれない。
 彼らは立技の攻撃は勇猛だが寝技となると結構脆い面があるから、と思う。
 自分の体験である。


 安部自民党が大勝したが各フランス有力全国紙の扱いは小さかった。
 中国共産党全国人民大会の三分の一にも満たない。フランスで中国の存在感は増す一方である。15年位前とは様変わりだ。最早「ジャパン、ナンバ‐ワン」と胸を張って歩く日本男児はどこにも見当たらない。むしろ中国人と混同されて腐ってるだろう。
 知識人の有力全国紙ルモンドは安部は戦犯の祖父岸信介からの流れを汲むを歴史修正主義者であると規定。その分析記事を一面で掲載した。
 
 丁度その頃、第二次戦時下の日本文化を研究のテ-マにしているという可愛いチュニジア女子学生と議論した影響で、ネットで小林正樹の「東京裁判」を朝3時まで見てしまった。
 大政翼賛会の結成とか戦争に至る経過がよく似ているなと思った。
 歴史はやり二度繰り返すのか。


 目下パリは華やかな芸術の秋の真っ最中で、今季は天候もよく街も美しい。
 テロのリスクは絶えずあり戒厳令は解除されないままだが、芸術界も国際的で多彩多様な豊かさ。  
 地上で楽園を探すとしたら、それはパリではないかと、時々思う事がある。


 隣のスペインでは歴史的大事件が起こっている。カタロニア州が独立宣言。大変な事になっている。フランス側でも国境を接するパルピニオンなどの都市は文化民俗学的にはカタロニア文化圏で独立派を支援している。
 スペイン戦争で独裁者フランコに迫害されてフランスに逃げ移り住んだ人も大勢いる。
 
 高級ホテルでコンセルジュをしている知人のスぺン女性は「自分はカタロニア人で、政治の話はしたくないが、独立派の気持ちはよく分かる」といっていた。


 誰しもがまさか武器による内戦はないどろうと信じているが。
 歴史だって人間の運命だって一寸先は闇。情勢は時間の経過と共にどんどん袋小路に追い詰められたいる。全く先が読めない。
 
 独立宣言をしたカタロニアの州知事はベルギ-に逃げ込んでいるが、スペイン政府は国際指名手配した。ベルギ-政府が国際条約に従って身柄を引き渡せば反逆罪で20年は投獄されるという。
 フランスもバスク地方、ナポレオン生誕地コルシカ島などで武装独立派の動きがある。決して他岸の火事ではない。
 世界の地理政治情勢がどんどん変化している。歴史はどう動いていくのか。
 
 我々が世界史の曲がり角にいるのは確かだと思う。


 文楽公演の開演をカフェのテラスで待っていた美しい芸術大学の女学生と知り合った。 少し離れた向い側のテ-ブルにいた。
 
 細身の繊細な身体とシンプルでエレガンスな服装で、すぐに美しいと目についた。
 
 さすがに年齢差を考えると話かけて見る気にはならなかったのだが、去年半年日本にいいたという話が切っ掛けになって会話が弾んでしまったのだった。


 ドレス風の服の割目の裾からすんなりと伸びた足を組み替えた時、エロティックな太腿を見てしまった。綺麗な脚だった。抑えていた気持ちが一気に緩んでしまった。

 名前はジュリエット、芸大生で専攻は映画だとか。
 
 東京に去年半年滞在したことがあり、来年も何処か勉強の実習が出来るところが見つかればやはり半年くらい東京に滞在したいという。
 
 調子に乗って齢の差など忘れてメイルアドレスを聞き、後日の映画に誘ってしまった。
 さすがに来ないだろうと期待しないでいたら彼女は来た。


  カフェのテラスで向き合ってみると、顔の線が繊細で、何しろ瞳が格別だった。
  フランス人には珍しい東洋的な細目で瞳は澄んだ青。切れ目から見渡せる美しい湖だと思った。


 映画館から出て、トイレの間待っていて貰ったのだけど、この時に離れて見た立姿がまた華奢でエレガンスで格好よかった。

 これからも時々会う約束をした。
 
 しかし人生は残酷だ。それ以上に発展する事がないのはわかり切っているのだから。
 恋人になる筈がない。
 それでも会いたいのは、どこかすばらしい芸術作品を何時までも鑑賞していたい気持ちと似ている。


 美はその存在自体だけで嫉妬を抱かせものだ。
 恐ろしい破壊力「三島由紀夫の事例」も秘めている。


 彼女と外出すれば、美を前にして苦しむのは分かり切っている。
 若い男と親しく話しているのを見かけたら、権利ゼロでも嫉妬に狂うに違いない。
 
 それでも苦しみの方を選択した。再びこの美しさといたいという強い欲望。


 ビスコンティ-の名作映画「ベニスに死す」を見たことがある人なら、この非情な真実を理解できると思う 。
 
 ちなみにパリシネマテクでは同監督の大回顧展が開催、「地獄に堕ちた勇者」などキャパ「300席」の倍近くのファンが来るなど、大反響を呼んだ。


 パリが愛の都会なのは、ジュリエットの時のように、年齢差に屈託しない男女の思いがけない出会いがあるからだろう。


 自分もせめて40歳前後であれば彼女に恋を仕掛けたいと思うが、さすがに、ああもう還暦も過ぎてしまった。人生も運命も残酷だ。


 パリジャンヌには気紛れな子が多いから、彼女もある日突然約束に来ない時が来る気がする。それもどうしようもない事だ。


 「ベニスに死す」で美少年に魅了された初老知識人が必死で厚化粧をしていくが、その姿は美の虜になった人間のどうにもならない欲望の残酷さを見事に描き出している。
 

アラブ的という事と、小池百合子の権力闘争。

 渦中の政治家、小池百合子の権力闘争のやり方をみていると、アラブ的だなと感じる事が多い。



 エジプトのカイロ大学で学び卒業しているから、そういう経歴に影響されて考えるという面もある。が、それだけではない個人的体験がある。



 彼女の名前を始めて聞いたのは、カイロ国際映画祭の一部門として日本映画祭を仕込むために滞在した時である。


 


 積極的に協力してくれたカイロ大学日本学科教授、確かサムザ氏といったと思うが、彼と親しくなり小池百合子という期待できる国際的な日本人政治家がいる事を教えてもらったのである。


 


 アラビア語は現地人と変わらない程流暢。日本人には発音が絶望的に難しい言葉である。
 両親がカイロで日本料理店を経営している事。日本とエジプトの親善関係を強めていく事に熱意がある事。同級生で親友であった事。そんな話をしてくれた。



 カイロ大学構内に行ってみた。教育内容は欧米の大学と同じという事だが、ミニスカ-トや肌を露呈する服を着ている女子学生は皆無。大多数はフラ-で髪を隠しパンタロン姿であった。



 時期は独裁者ムバラック政権が身内利益の政治(安部政権と酷似)で腐敗し切り、腐肉がボロボロ剥げ落ちていくような末期症状だった。


 某高官に「おカネがあれば今ならムバラック大統領を買えますよ」と冗談交じりに言われた事が忘れられない。それほど頭から腐り切っていた。
 政権内部で生死の権力闘争が行われているのではないか、という事も接触した文化省の役人の挙動で充分感じられた。戦々恐々でナーバスだった。
 今考えてればまさに独裁政権崩壊前夜だったのだ。



 その醜さを隠すためだろう。カイロ国際映画祭はカネに糸目をつけない大豪華さで、オ-プニングにはハリウッドの有名スタ-がずらりと舞台にならび挨拶した。
 だが、肝心の運営は杜撰で映画が逆さまに上映されていたという話も聞いた。



 巨額詐欺未遂事件の罠のかけられ最終公判直前に重度うつ病で倒れた後だったから独裁政権の内ゲバをより精細に観察できる体力がなく、千歳一遇の機会をのがしたと今も悔やまれるが。



 生涯唯一無二の友人はアルジェリア系フランス人である。困ったときには何も言わず助けてくれる。
 
 先日銀行トラブルがあった時もすぐに都合をつけて1000ユ-ロを用立ててくれた。 返済日も言わず、こういった。「トラブルを解決して、残りのカネは好きに使ってくれていい」。
 アラブ文化には仏教と同じく喜捨、お布施の精神がある。西洋から見れば極東との間に位置し、同じアジア人と分類される。
 アラブ人は侵略し植民地化し祖国をずたずたにした西欧諸国を決して許しはいない。
 気高い誇りをもっている。一夫多妻制は人間にとて合理的なものと考えている。友諠に厚い。
 だが敵にたいしては容赦なく凄まじく非情。二枚下どころではない。何枚もの舌を使い分ける。裏切りの概念が違う。


 イスラエルの諜報機関との熾烈な戦いを見れば分かる。
 策略、謀略は洗練され巧みである。


 こうした社会で有力政治家として生き残っていくには相当の精神タフさと緻密な策略画が必要だ。


 男尊女卑で女には教育はいらないという風潮が支配し、権力闘争が熾烈極まりなく暗殺は稀でない。だから若い女が生活し大学まで卒業するというのは相当な事である。


 有力政治家のバカ息子が高学歴にさらに箔をつけるために米国の大学に留学し免状を手にしてくるのとは訳が違う。特に米国ではカネで大卒の免状を貰えるとも聞いた。
 フランス大学卒の肩書がないのは、そうした事情があるかもしれない。


 だいたい日本の大学での英語力くらいで英米の一流大学の講義についていける筈がない。それは約40年フランス語と格闘しけている人間が保証する。言葉とはそんなに甘いものではない。


 娘がグランドエコ-ルで勉強しているが、その鍛え方はすごいものだ。ついて来れなければどんどん切り捨てる。


 小池百合子に多くの政治家が対処できずうろたえているのは、発想の根源にアラブ的なものがあって、虚を突かれている面があるように思える。
 世界史もアラブ圏から見れば欧米とは全く解釈が違う。
 例えば十字軍は野蛮な侵略軍である。


 アラブの風呂屋でマッサ-ジをして貰うとプロレスの技で体がバラバラにされるように感じる。日本の按摩さんのマイルドさからはあまりにも違う。


 小池百合子は馴染みのない異文化人が旧来の秩序、日本人政治家のパタ-ンを搔き乱している存在のように見える。


 その文化的側面は深い考察に値する。興味ある現象と思える。完

パリの亡命者と難民。

大好きな寺山修司の短歌の一つ。
「マッチするつかのま霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや。」
この歌をパリに置いてみるとより深く切実に響く。
パリには昔から亡命者が多い。
ピカソ、ダリ、ヘミングウェイ、ヘンリ-ミラ-などに限らず世界的に有名な異邦人芸術家も大勢活躍している。政治家の亡命者としてはレ-ニンやホメイニなどの名前が浮かぶ。


「亡命ア-ティストのアトリエ」というイベントに招待され行ってきた。
場所は「102」というところ。
パリの北端貧しい地域18区のpoissoniers.通りにあり番地がそのまま名前になっていた。
周辺は庶民と移民が混じった下町。会場は大きくて綺麗なアパルトマン内の2階(日本の一階)にあった。内部は広く贅沢。幾つも部屋があり各室内で若い亡命ア-ティストの活動が紹介されていた。


長くパリにいるがアパ-トを開放してのイベントというのは初体験である。
大パ-ティのように訪問者は飲み物のグラスを片手に部屋を出入りして気儘に作品を鑑賞している。


知的で品のある可愛いパリジャンヌが大勢いたので「なんでこんなに可愛い子ばかりいるのか」と驚いた。
最近のパリはセクシ-ファションで拝金主義の女がやたら目立つなと思っていたので、それとは別人種の女達も大勢いるのを知った。


アパ-トは貧困者救済で有名な故アベ ピエ-ル神父が創立した慈善団体「マイュス」の所有物。普段は空室なので使用料は無料との事。借りたら千ユ-ロ単位だろう。


下町の片隅で、こういうイベントが行われている。パリはまさに移動遊園地。毎日どこかでなにか異色の文化イベントが起こっている。


でも簡単に亡命者支援といっても、亡命者たち自身の精神生活は苦しいものだろう。例えば、こうした指摘。
「フランスで外国人は正反対の二つの態度のいずれかをとるしかない。何としても溶け込んでしまい、同一化し、自分を失い同化したしまうか。あるいは逆に屈辱や侮辱を受けて、孤独の中に閉じこもってしまうか。フランス人には、、決してなれないというハンディを知りぬいているが故に。」(ジュリア クリスティヴ著「外国人、、我々の内なるもの」。この後者の典型例は複製芸術論で有名なドイツ人のベンヤミンだろう。結局、パリで自殺した。


今回のイベントは絵画、デッサンなどが大半で、国別でも殆どはモロッコなどの北アフリカ人系。アラビア語の表示もあった。支援の一環としてフランス語の無料講座も開くそうだ。
対象としてる亡命者がパリで現在大問題となっているアフリカからの大量難民と二重写しになる。
主催は若い女性の団体で、今年6月に設立されたばかりというが、パリ市、文化省の助成金が早く下りているのも、難民情勢と無縁ではなさそう。


パリの街角では「シリア人」とボ-ル紙に書いて金を催促する乞食が目立つが、難民と亡命者の区別は、そう簡単ではなさそうだな。
受付の可愛いマドモアゼルの説明を聞きながら、そう思った。
パリはこれだから貧乏でも面白い。